日本語には、字面だけを読むと誤解しがちな表現がいくつかあります。
例えばことわざの「情けは人のためならず」であれば、「情けは人のためにならない」ではなく、「情けは回りまわって自分のためになる」という意味ですよね。
慣用表現である「感謝の言葉もありません」にも、「感謝する必要がない」もしくは「感謝に値しない」といった否定的なニュアンスだとみなす誤解の事例があります。
詳しくは後述しますが、「感謝の言葉もありません」はこの上ない感謝を表す言葉です。
「感謝の言葉もありません」はやや改まった言い回しであり、常用することは珍しいはず。
是非当記事をお読みいただき、知識のブラッシュアップにお役立てください。
「感謝の言葉もありません」の意味をチェック
「感謝の言葉もありません」は少しひねった言い回しのフレーズです。着実に理解するためにも、構成要素を分解してチェックしてみましょう。
「言葉もありません」は慣用表現
「言葉もありません」とは、驚きや喜び・悲しみなど大きな出来事に触れた際、言葉を失ってしまう様を表現したもの。
いわゆる絶句に近いともいえますが、絶句はただ言い淀んで言葉に詰まった場合にも使われますよね。
一方「言葉もありません」の場合は喜びや悲しみなど、主体の心の動きを伴って使われるというのが特徴。
以上を踏まえ「言葉もありません」という言い回しは、相手に自分の心情を伝える時に使うものだということを覚えておきましょう。
「感謝の言葉もありません」の意味
誤用の例として先述した通り、「感謝の言葉もありません」とは「感謝するつもりがない」という否定的な意味合いではありません。
「感謝の言葉もありません」は肯定的なニュアンスのフレーズ。
「感謝しているのに適切な表現が見つからず、気持ちを伝えきれない」というもどかしい心情を表現したものです。
一見すると入り組んだ表現であるものの、何とも示唆に富んだ、日本語らしい言い回しといえるでしょう。
「感謝の言葉もありません」の使い方
「感謝の言葉もありません」は普段使いするものではなく、やや改まった場面で使うことが多いはず。具体的な使い方と場面を紹介します。
「感謝の言葉もありません」は慣用語
「感謝の言葉もありません」は慣用語の位置づけ。公式な挨拶や会社を代表して行うお礼などとにおいて、最大級の感謝の気持ちを表す決まり文句になっています。
ビジネスシーンで「感謝の言葉もありません」を使う場面を3つ、例文付きで見ていきましょう。
メールでの使い方
ビジネスのメールで「感謝の言葉もありません」と述べるケースは、書き出しが多いでしょう。
現代のビジネスメールといえば、手紙の代わりという位置づけ。
まず最初に「ご清祥のこととお慶び申し上げます」といった具合で、相手を称える挨拶からスタートするのがセオリーです。
「感謝の言葉もありません」を配置するのは挨拶の次、書き出し文のブロックが妥当でしょう。
「この度は当社商品をお引き立ていただき、感謝の言葉もありません」などといった要領ですね。
なお「感謝の言葉もありません」は特別な時に使うのが望ましく、やはり常用するべきではありません。
例えば「平素はお世話になっており」という文言を入れるとすれば、「厚く御礼申し上げます」辺りが妥当。
日頃のお付き合いに対するお礼としては、「感謝の言葉もありません」だとやや言葉が上滑りしてしまうでしょう。
例文
この度は格別のご高配を賜り、感謝の言葉もありません。
電話での使い方
電話でのやり取りにおいても、「感謝の言葉もありません」は特別な時に使う表現です。
特に電話の場合はメールや手紙よりも軽い言い回しが選ばれるため、日常的なやり取りの中ではよほどのことがない限り使う必要はないでしょう。
裏を返せばここぞという時、例えば滅多にないような恩恵を受けた時こそ、相手に最大限の感謝の気持ちを表す意味で「感謝の言葉もありません」と伝えるのが適切です。
例文
この度は私のような若輩者をご指名いただき、感謝の言葉もありません。ご期待に沿えるよう邁進する所存です。
セレモニーや祝い事での使い方
セレモニーや祝い事において、会社や店舗などの織を代表して挨拶する機会にも「感謝の言葉もありません」は有効です。
セレモニーや祝い事を開催するからには、前提として常ならぬめでたい出来事があるということ。
滅多にない機会だからこそ、お礼の言葉として「感謝の言葉もありません」を選ぶのは自然な成り行きといえるでしょう。
例文:
皆様には貴重なお時間を割いていただき、改めて厚く御礼申し上げます。おかげさまをもちまして、当社は創立100周年を迎えました。記念事業として開始した還元祭も、現在のところ非常に好評。本当に感謝の言葉もありません。
「感謝の言葉もありません」を敬語で伝えるには?
「感謝の言葉もありません」は改まった言い回しのフレーズであり、元々丁寧な表現です。
公式な場でそのまま使っても全く問題ありませんが、より丁寧な言い回しを望む場合は敬語表現を工夫するとよいでしょう。
目上の人を想定
「感謝の言葉もありません」は、敬語分類でいえば丁寧語に当たります。確かに丁寧な言い回しですが、目上の相手に対する敬意を表す場合は別の表現を選ぶとよいでしょう。
感謝・言葉は名詞であり、文脈上自分が主体なので「お」や「ご」を付けるわけにもいきませんよね。
従って「ありません」の箇所を変更することになります。次の項で詳細をチェックしていきましょう。
丁寧の動詞で敬意を強調する
「ありません」は、有無を表す「ない」という意味の丁寧語。同じ丁寧語でも、より高い敬意を表すには「ございません」という表現を選ぶとよいでしょう。
以上を踏まえると、目上の相手に対する特別な感謝の気持ちを表す際は「感謝の言葉もございません」という言い回しが望ましいといえます。
類語・言い換え表現
「感謝の言葉もありません」のニュアンスは、別のフレーズでも言い換られます。特に近いと思われる表現2つを紹介しましょう。
感謝してもしきれない
並ならぬ感謝を表す、という意味で「感謝してもしきれない」と表現するのも有効。
「どれだけ感謝しても足りない⇒感謝してもしきれない⇒感謝の言葉が見つからない」といった具合に、ニュアンスを少し柔軟に解釈するだけで、いずれも同義の内容を表していることに気づけるはずです。
言葉も見つからない
「言葉も見つからない」というフレーズは、感極まった心情を表す際に使われます。
注意点として、「感謝の言葉もありません」とは類語であっても同義語ではありません。というのも「言葉も見つからない」というだけでは、心情として感謝の気持ちが含まれるのか否か不明だかです。
例えば「あまりに悲劇的な結末に対して、もはや言葉が見つからない」という表現も成立します。感謝のニュアンスがなくとも、「言葉が見つからない」のフレーズ自体は使えるのです。
素直に感謝の気持ちを表す場合は、特に言い換えずに「感謝の言葉もありません」と伝える方が無難といえるでしょう。
「感謝の言葉もありません」の英語表現を紹介
「感謝の言葉もありません」は日本語特有の言い回しで、やや入り組んだ構造になっています。一方英語であれば「大いに感謝します」や「多大なる感謝を」といった、シンプルかつストレートな言い回しを選ぶもの。
上記を踏まえ、「感謝の言葉もありません」のニュアンスを英語で表現してみましょう。
“appreciate”
“appreciate”は動詞で、「感謝する」という意味を表します。補足すべき事項として、“appreciate”には「正当に理解する」「正しく認識する」といったニュアンスもあるのがポイント。
すなわち“appreciate”によって相手に対し、感謝の意を表す場合は「あなたの行いを理解し真意を知った上で感謝しています」といった意味合いを伴うということです。
“be grateful to you”
“appreciate”と比べ、もう少しライトに使えるのが“be grateful to you”というイディオムです。
「感謝の言葉もありません」のニュアンスを表すには、“Thank you.”だと軽すぎますよね。「ありがとう」くらいのトーンになってしまうでしょう。
“be grateful to you”だともう少し改まった言い方で、「感謝しています」というニュアンスを表します。
まとめ
繰り返しますが、「感謝の言葉もありません」と発言する場面はある程度限られます。営業職や組織の代表でもなければ、なお使う機会は少ないでしょう。
使う機会が少ないからこそ、いざという時にうまく運用できないと恥をかいてしまいます。特に「感謝の言葉もありません」を否定の言葉として誤用する事態は避けねばなりません。
言葉に詰まってしまったり、ポジティブ・ネガティブのどちらの意味かわからなくなってしまったりした場合は、言い換え表現にシフトするのも有効です。
一つの言葉を覚える際には類語や言い換え表現とセットで覚えることで、知識だけでなく対応力も向上させられます。「感謝の言葉もありません」は最たるものといえるかもしれません。