日本語のユニークな特徴として、二人称を職業や職種で表す呼び方も存在します。中でも「貴職(きしょく)」という呼称に注目してみましょう。
「貴職」は特定の職業に就いている相手に対する呼称。
果たしてどのような職業が対象で、またどのように運用するのでしょうか。
階級の高い職種の意味をもつ「貴職(きしょく)」ってどんな職業の人?
「貴職」は「階級の高い職種」という意味を含む言葉。実際には等級やグレードなどが数値化されているわけではありませんが、通念的に社会的身分の高い職種は存在します。
「貴職」に該当する職種、呼称の由来などについてもチェックしていきましょう。
「貴職」の由来は公務員に用いる限定的な言葉
「貴職」とは元々、公務員に対して用いる限定的な呼称でした。従来公務員は今よりもさらに社会的な地位が高く、一般市民層にとっては尊敬の対象だったのです。
現在は相手の身分や職業を敬って用いる言葉
現代における「貴職」は、相手の身分や職業に敬意を表する意味で用いられており、対象も公務員に限定されるわけではありません。
立場のある役職者が自らへりくだって、「小職」と表現する場合がありますよね。
「小職」とは逆の用法で、相手の身分や役職・職業を敬って呼ぶ際に「貴職」と呼び表すのだと考えればわかりやすいでしょう。
具体的に「貴職」を用いる職業の人とは?
「貴職」の呼称に適合するのは弁護士・医者・議員といった、社会通念的に身分の高い職業です。
主として国家資格の専門家や、政治家などが当てはまるといえるでしょう。
「貴職」は二人称としても使用することができる言葉
貴職は二人称としても使用できる語句です。先述のとおり、小職の反対語として身近な役職者に対し「貴職」という用法もあります。
一方ビジネスシーンなどで「貴職」を二人称として扱うと、相手に大げさな印象を与えてしまうでしょう。
二人称としての「貴職」は用法として存在するものの、実際に使われる場面はある程度限られているのです。詳しくは後述します。
「貴職」を使わない民間企業同士なら「貴社」や「御社」を用いる
二人称としての「貴職」は定着していないと述べました。一方で取引先など、会社同士で名称を呼び合う際にはやや格式ばった表現が好まれます。
民間企業同士の呼び合い方は「貴社」や「御社」が一般的。誤って「おたく」や「そちら様」などといってしまうとマナーが悪く非常識とみなされるため、十分注意しましょう。
ちなみに、会社名で呼び合うのも許容されています。それでも相手方の社員が目の前にいるにもかかわらず社名で呼ぶというのは、ちょっとよそよそしいですよね。
やはり民間企業同士で呼び合う場合は「貴社」や「御社」がベストでしょう。
口語では使わない?「貴職」の正しい使い方をチェック
「貴職」は口語表現ではもちろん、ビジネスシーンでも使う機会は多くありません。
限られた機会で「貴職」を適切に使うためにも、正しい用法を把握しておきましょう。
特定の職業「貴職」への書簡やビジネスメールの主に冒頭で使用
「貴職」が登場するのは、主として文字媒体である書簡やビジネスメールです。
日本では、口頭でのコミュニケーションよりも文字を介したやり取りの方で硬い表現が選ばれる傾向にあります。
特に「貴職」と呼ぶべき職業の相手に対して書簡やメールを送る際には、冒頭で「貴職」を用いる定型的な挨拶文を付けるのが一般的。例えば次のような定型文があります。
貴職におかれましては日頃より当社サービスをご愛顧賜り、厚く御礼申し上げます
貴職ますますご清栄の段、何よりと存じます
取引相手とのやり取りなど、企業同士であれば「時下ますますご清祥の段、お慶び申し上げます」といった書き出し方をするのが一般的ですよね。
同じ理屈でドレスコードをそのままに、文章を送る対象を「貴職」と呼ぶべき相手に変更すればOKというわけです。
ビジネスシーンで使われる「貴職」を用いた例文5選
ビジネスシーンを前提とし、「貴職」を用いた例文を5つ列挙します。
貴職におかれましては、日頃当社の製品をご愛顧いただき誠にありがとうございます
先日は要介護認定手続きにおいて大変お世話になり、まことにありがとうございました。貴職の益々のご清栄をお祈りしております
「小職」は元々、国家公務員が自分の立場をへりくだって表現する際に使った言葉。「貴職」の対義語として、ルーツも同じである点は興味深い。つまり「小職」「貴職」ともに、元々はいわゆる役人用語なのである。
団体や組織の長に対して誓約書などの重要書類を記入・作成する際、組織ではなく長個人に向けての文言が並ぶ場合がしばしばある。公文書における長に対する敬称としては、「貴職」が使われるのが一般的だ。
末筆ながら、貴職のご活躍を心よりお祈りしております
ビジネスマナー「貴職」を用いる際の3つの注意点
「貴職」は使うべき場面が限られると述べました。
「貴職」を使うのに相応しくない用法を元に、注意点を3つ列挙します。
自らを「貴職」と名乗らない
先述のとおり、「貴職」には二人称の用法があります。「貴職」とは対象が高い身分であることに鑑み、相手を立てる言葉。
間違っても自分自身に対して「貴職」という言い方をしてはいけません。
ビジネスマナーとして自分自身の身分に対する語句には、「小職」「小生」のように謙譲のニュアンスを含むのがセオリー。「貴職」を運用するに当たっては敬意の対象など、敬語表現に関する基礎知識を身につけておく必要があるでしょう。
「御社」のように団体に対して使用しない
「貴職」は個人に対しての敬称です。いかに敬うニュアンスがあるといっても、対象の内容や性質に不相応な呼び方をしてはいけません。
団体や組織に対する敬称としては「御社」や「貴社」を当てはめるのが妥当でしょう。
たとえ目上の人でも特定の職業の人にしか使用しない
一般的に「貴職」と呼ぶべき対象は、特定の職業に限られます。
具体的には弁護士、医者、議員などの社会的地位の高い職種が当てはまり、民間企業勤務のビジネスマンは該当しません。
社内はもちろん、取引先の重役などといった目上の相手であっても「貴職」という呼び方は避けるようにしましょう。
間違えやすい「貴職」の類語を正しく使い分けよう!
「貴職」の類語をピックアップしましょう。
「貴職」が敬称であることを踏まえ、相手を立てる呼称を集めてみました。
民間企業で目上や男性に使用する尊敬語「貴殿(きでん)」
男性や目上の相手に対し「貴殿」という呼び方をする場合があります。
民間企業においてはしばしば使われる表現で、「君」も「貴方」もしっくりこないという時には重宝する呼称です。
男性を表す「殿」という字が入っていることもあり、女性に対しては使わない方がよいでしょう。
女性に対して貴殿の使用を躊躇するとき「貴女(きじょ)」
女性に対しては「貴殿」の呼称を控えるべき、と述べました。女性に対する呼称で、「貴殿」に代わるものとしては「貴女」が挙げられます。
「貴女」とは身分が高い女性・高貴な女性という意味。相手を立てる敬称であり、やや改まった表現です。
「貴殿」と比べるとビジネスシーンで使われる頻度は少なく、文書での用法が主といえるでしょう。
貴殿より更に丁寧な表現「貴台(きだい)」
男性に対する呼び方の中には、貴殿よりもさらに丁寧で格式のある「貴台」という敬称もあります。
「貴台」の「台」とは、貴族の住まい・宮殿という意味。戦国時代の城や館から転じて、大名や殿様の身分を指す「お館様」と同じロジックですね。
「貴殿」は時折ビジネスシーンで使われる場合がありますが、「貴台」の使用機会は多くないはず。「貴女」と同様、「貴台」を使う機会はメールや文書の媒体が主となるでしょう。
男性同士が軽い敬意で使う「貴君(きくん)」
男性同士が軽い敬意を込めて「貴君」と呼び合う用例もあります。
どちらかといえば古風な呼称に分類され、ビジネスシーンで使われることはほとんどありません。
仕事云々というよりも社会人としての教養・雑学の1つ、という程度の認識で構わないでしょう。
夫婦など親しい間柄で使う 「貴方(あなた)」
夫婦などのように親しい間柄で、相手を敬う呼び方が「貴方」です。
少し前であれば妻が夫に対して「あなた」と呼ぶケースが多く見られましたが、文字で表記すると「貴方」ではなく、平仮名の「あなた」に当たります。
妻が夫に対して使う「あなた」と、男女問わず使える「貴方」とは区別するべきでしょう。
相手をののしる意味で用いる「貴様(きさま)」
「貴様」は文字だけを一見すると、高い身分を示す「貴い」に敬称の「様」を組み合わせた語句。あたかも丁寧な呼称であるように思われますよね。
実際「貴様」とは元々、相手を敬う高貴な言葉であったことが判明しています。
「貴様」の端緒は室町時代の武家用語だとされ、武士道を重んじる者同士が互いに敬う気持ちを込めて用いられる呼称でした。
ところが「貴様」は書簡を通じて庶民にも浸透し、やがて江戸時代後期になると目下のものに対して使う乱暴なニュアンスが含まれるようになったのです。
現在、「貴様」は相手をののしる失礼な言葉と位置付けられています。敵味方がはっきり分けられる少年漫画などでは比較的ポピュラーな呼び方ですが、現実社会で相手を「貴様」と呼ぼうものなら大変なことになりますよね。
よほどのことがない限り、基本的には使う必要のない言葉だといえるでしょう。
若干ニュアンスが違っている?「貴職」 の付く言葉の意味をチェック
「貴職」には組み合わせによってアレンジされた使い方もあります。代表的なものを4つ紹介しましょう。
複数形で使用したいときは「貴職ら」
「貴職」の複数形は「貴職ら」です。
「君ら」「僕ら」などと同様、人を表す名詞や代名詞に「ら」を付けることによって複数形を表すことができます。
部下など複数人いる場合にも使える「貴職員」
「貴職員」とは「貴職」+「員」ではなく、「貴」+「職員」で構成された語句。すなわち「貴方の職員」「貴社の職員」という意味を表します。
ユニークな点として、「貴職員」は対象の人数に対して単数・複数双方の意味で使うことができます。
逆にいえば、「貴職員」には「貴職員ら」「貴職員たち」のような複数形の呼び方が存在しないということですね。
貴職の部下を示す言葉「貴職下」
「貴職」の姉妹語句として、「貴職下」というものもあります。
「貴職下」とは「貴職の下にいるもの」という意味。簡単にいえば「貴職の部下」が該当します。
貴社の職場を表す「貴職場」
あまり浸透していませんが、「貴社」+「職場」の意味で「貴職場」という言い方も存在します。
誤って「貴職」+「場」と解釈してしまうと意味が通らなくなるので要注意です。
役所や官公庁とやり取りする際は公務員全てに「貴職」を用いるべき?
役所や官公庁とやり取りする際、自分に関係する公務員全てに対して「貴職」と呼ぶべきなのでしょうか。答えはNOです。
「貴職」は話し言葉として頻繁に使うものではありません。関係の深くない相手に対し、二人称で「貴方」や「君」などという呼ぶこと自体が珍しいはず。
そもそも役所の窓口を通した一般的な行政手続きにおいて、二人称を使う必然性は薄いでしょう。
窓口の担当者と会話や電話でやり取りする場合でも、「貴職」と呼ぶべき場面は想像しにくいものです。
「貴職」を公務員に対して使う場面は、書面上の手続きが主といえます。書面の相手としては市長や知事など、主に行政の代表者が当てはまるでしょう。
従って「貴職」を使うべき対象の公務員は、ごく一部に限られるというわけです。「貴職」は話し言葉ではなく書き言葉であるという点を押さえておけば、決して難しくない問題といえるでしょう。