経営において不可欠な概念の1つに、危険予測や危険性管理があります。単に危険を認識するだけでは不十分であり様々な危険要素、すなわちリスクを認識した上で対応もできなければなりません。
リスクに対応するための手立てとして有効なのがリスクマネジメントです。
経営に限らず、業務や部下の管理や医療・福祉分野の管理においてもリスクマネジメントは必要です。
管理の仕事には様々なリスクを管理する要素が内在しており、管理責任者はリスクと付き合っていかねばならないからです。
リスクマネジメントに関する正しい知識を身につけ、実際に運用できるようにしていきましょう。
リスクマネジメントの意味をわかりやすく解説
最初に、リスクマネジメントとはどういう概念なのかをチェックしましょう。
単純に和訳するだけでは不十分ですので、意味用法も併せて解説します。
リスクを管理して損失を回避すること
リスクマネジメントの要諦は、リスクを管理して損失を回避することです。
日本語でいう危険予測・危機察知など、あらゆる要素を引っくるめた表現だと理解すればよいでしょう。
例えば自動車の運転において危険を回避することは、自己を守り他者を傷つけないためにも必須ですよね。ひいては道路交通状況を乱さず、正常に運転を続けることにもつながるのです。
リスクマネジメントの必要性や目的とは?
先の項では自動車の運転を例にとり、リスクマネジメントの概念を説明しました。
会社や組織の運営も、広い意味では自動車の運転と同じです。不要な損失や混乱を被ることなく、正常稼働を続けるためにもリスクマネジメントは必要不可欠なのです。
例えば世界最高の性能を誇るスポーツカーといえども、整備不良を抱えていては満足に走れませんよね。
最悪の場合は燃料切れや事故を引き起こし、走るどころかマイナスの結果をもたらす可能性さえあります。
運転を正常に行うためには、まず第一に危険性を徹底的に排除することが肝心なのです。不安要素が満載の状態では、ベストパフォーマンスを発揮できるません。
リスクマネジメントの目的とは異常の発生可能性を排除し、正常稼働を維持して最高のパフォーマンスを発揮することといえるでしょう。
リスクマネジメントの起源
リスクマネジメントの歴史は比較的新しく、20世紀前半のドイツが起源とされています。
第一次世界大戦後に発生したハイパーインフレに対応するべく、企業防衛を目的とした「リジコポリティク(Risikopolitik)」という概念が確立されました。
ドイツ語の“Risikopolitik”とは英語の“risk policy”に相当し、リスク政策という意味合いです。
1930年代にはアメリカで初めてリスクマネジメントという考え方が浸透し始めましたが、ドイツのリジコポリティクが与えた影響は大きいと考えられます。
ビジネスにおけるリスクマネジメントの意味や使い方
リスクマネジメントの基礎知識については一通り説明しましたので、もう少し詳しく見ていきましょう。
ビジネスシーンにおけるリスクマネジメントは、どのような意味用法で運用されているのでしょうか。
そもそも企業におけるリスクとは?
まず、そもそも企業におけるリスクとはどういったものかを理解しましょう。
企業におけるリスクは様々ですが、やはり見逃せないのは経営が困難になるような致命的な問題です。
具体的には運転資金不足や売上不振、従業員によるボイコットなどが挙げられます。売上不振はイメージしやすいでしょう。売上が立たないことには営業利益を稼ぎ出せません。
仮に売上自体は好調だとしても、売掛金の回収に手間取るようだと資金化が遅れてしまい、運転資金の不足に陥ります。黒字倒産につながるかもしれません。
また資金不足で給料を払えないとなれば、従業員たちはボイコットや労働争議を起こします。文字通り、内憂外患を抱える状態になってしまうのです。
上記のような例は特に経験の浅い起業家が陥りやすい問題で、せっかく優れた商売のセンスやノウハウを持っていても、経営管理の面が未熟だと足元をすくわれてしまいます。
経験が乏しいまま起業する場合は予め管理の勉強をしておくか、もしくはマネジメント経験が豊富な人材と共同で創業するのがよいでしょう。企業のリスクとは経営面での致命的な問題のことだといえます。
安定経営を目指すためにリスクをコントロール
リスクを管理し、トラブルの可能性を排除していけば結果として安定経営につながります。
今一度自動車の運転をイメージしましょう。安全第一といえども私有地の中をぐるぐる走っているだけでは、本当の安全運転とはいえません。
やはり公道に出て、他者と共に道路交通を共有する必要があります。交通事情を把握し他者を尊重しながら、リスクをコントロールすることが肝心なのです。
企業経営も同じで、安定経営といっても一切営業活動をしないわけにはいきません。
営業活動をする以上、様々なトラブルや失敗のリスクは付きまといます。ゆえにリスクコントロールが必要なのです。
経営におけるリスクコントロールの手立てとしては、トラブルに関する過去事例を学習したり、ケーススタディで危険予測したりといった要領が役立つでしょう。
企業におけるリスクマネジメントの事例
企業におけるリスクマネジメントの事例として、最も端的なものは監査でしょう。
特に会計監査は重要で、架空売上や粉飾決算などの不正な会計は、企業にとって最も危険な事象の一つです。
株式会社は役員のポストに監査役を設置することを義務付けられていますよね。役員でなくとも、内部監査室や内部統制推進部門を設置する企業も多いはずです。
監査において一番肝心なポイントは、財務会計上の不正を防ぐことです。不正の兆候や可能性をチェックし、潜在リスクを排除していくというわけですね。
なお、監査の際には企業グループ全体でのチェックが必要です。一見すると本体の業績は好調であるものの、実際は本体の損失を子会社に付け替えて実態をごまかしていたという企業グループの事例もあります。
会計監査について簡単にまとめれば、財務上の健全性をチェックすることにより会社経営のリスクマネジメントを行っていくことだと考えればよいでしょう。
医療や看護におけるリスクマネジメントとはどんな意味?
ビジネス以外で、特にリスクマネジメントが必要な分野といえば医療や看護ですよね。
医療や看護におけるリスクマネジメントとは、一体どんな内容なのでしょうか。
医療安全管理指針に基づいた管理が前提
2002年4月、厚生労働省が「医療安全推進総合対策」を発表し、病院など医療機関に医療安全管理体制の整備を義務付けました。
医療安全管理とは、医療に内在するリスクを管理し患者の安全を確保するという意味です。また医療安全管理を運用していく体制を医療安全管理体制といいます。
2002年8月には日本医師会により医療安全管理指針が策定され、病院と診療所が医療安全対策を推進する基本的な方針が明確になりました。
「医療安全推進総合対策」において、医療安全管理とリスクマネジメントは同義と位置づけられています。
医療や看護の分野でリスクマネジメントという場合は、医療安全管理指針に基づいた管理を指すのが一般的です。
職員のコミットメント(関与)が必須
医療や看護の分野においてリスクマネジメントを行う際には、職員によるコミットメントが必須です。
コミットメントとは責任を伴う関与のことで、明快な根拠や合理的な妥当性に基づいて判断、もしくは行動することが要求されます。
山勘による根拠の薄い判断や、場当たり的な対応などはコミットメントに当てはまらないということですね。
リスクマネジメントの具体策「ヒヤリ・ハットノート」
リスクマネジメントに欠かせない概念として、「ヒヤリ・ハット」というフレーズがあります。
ヒヤリ・ハットとは、重大な事故やトラブルに見舞われる寸前で危機を回避し、背筋が寒くなるような感覚を覚える様を指します。
背筋が冷えるので「ヒヤリ」、危機を回避できた事実にハッと気づくので「ハット」というわけですね。
ヒヤリ・ハットがなぜ起こるかといえば、前もってリスクを認識できていないことが原因です。
医療や看護の分野ではヒヤリ・ハットをポジティブに捉え、ヒヤリ・ハットによって顕在化したリスクを知見化してリスクマネジメントに活かしていくべきだと考えられています。
医療や看護の業務においてヒヤリ・ハットが発生した場合、「ヒヤリ・ハットノート」と呼ばれるデータベースに情報を蓄積します。
ヒヤリ・ハット・ノートによってリスクに関する知見を共有し、スタッフ全員がリスクを認識した上で作業できるようになるというわけですね。
リスクマネジメントの具体策として、ヒヤリ・ハット・ノートは非常に優れた例といえるでしょう。
福祉や介護におけるリスクマネジメントの意味もチェック
福祉や介護の分野においてもリスクマネジメントは重要です。福祉や介護は人と直接関わる仕事であり、個人の尊厳を尊重する必要があります。
利用者を手助けし過ぎると相手の自主性を損なってしまう可能性がある一方で、安全面を考えると完全に放任するわけにもいきません。
福祉や介護における重大なリスクとは、安全性や人権尊重、法令遵守などをおびやかす事象が該当します。
例えば施設利用者の転倒に関するリスクを考えてみましょう。仮に利用者が転倒したとすると、どんな影響が予測されるでしょうか。
まず、施設の安全性に疑問符が付いてしまいますね。転倒防止の対策は果たして十分だったかということになります。
「転倒する前に、スタッフが手助けできなかったのか」という声も上がるでしょう。介助や見回りのスタッフが近くにいれば予防できた可能性があります。
転倒の結果、利用者に怪我や障害が残ってしまうおそれもあるでしょう。訴訟に発展する可能性も考えられます。
また転倒の事実が速やかに発見・報告され、事後の対応が即時なされたかという点でインシデント報告の精度も問われることになりますね。
以上のように、一つの出来事から連鎖的に問題が発生する可能性が高いのが福祉や介護におけるリスクです。
福祉や介護の分野でリスクマネジメントを行う際には、リスクを多面的に捉える必要があるといえるでしょう。
医療や看護の分野と同様に、福祉や介護の分野においてもヒヤリ・ハット・ノートを活用する事例が多く見られます。
リスクマネジメントの手法についてみてみよう
一口にリスクマネジメントといっても、アプローチは幾通りもあります。せっかくですから効果的、かつ効率的に行いたいですよね。
時間やリソースを有効活用するためにも、リスクマネジメントの品質を向上させる方法を考えてみましょう。
リスクマネジメントのプロセス
リスクマネジメントはいくつかのプロセスを経て行われるのが一般的で、順を追って実行する必要があります。
リスクマネジメントのプロセスは4つに大別できます。
潜 在しているリスクを特定もしくは発見し、顕在化させます。 ヒヤリ・ハットの事例を思い出しましょう。
顕在化したリスクがどのような性質であるかを見極めるプロセスです。
影響を受ける対象は何か、過去に事例のあるタイプのリスクかといったように客観的な分析を行います。
リスクの性質を見極めたら、今回のリスクがどの程度の規模のものかを評価します。
会社や市場への影響、あるいは数値的規模や発生頻度といったように、インパクトの大きさを推し量るというわけですね。
最後に、すべてのプロセスを踏まえて最善の対応策を講じます。
リスクへの対応は重要な経営判断の一つで、人員や予算といったリソースを割り当てる場合もしばしばです。
仮にリソースの配分を誤ってしまうと、問題を解消できないばかりか事態が悪化し、さらにリスクが大きくなってしまうおそれもあります。
リスクへの対処法
リスクマネジメントのプロセスを踏まえて、リスクへの対処法を考えてみましょう。
リスクへの対処法に関するヒントは、先述のヒヤリ・ハット・ノートにあります。ヒヤリ・ハット・ノートは単なるレポートではなく、知的財産として活用されてこそ意義があるのです。
ヒヤリ・ハット・ノートに記録された情報を系統立てて分類したり、影響の度合いや影響を受けた人や物について分析・評価まで済ませていれば立派なデータベースですよね。
ヒヤリ・ハット・ノートの活用法を踏まえ、リスクに関して自社が持っている知見をデータベース化してみてはいかがでしょうか。低コストでシンプルながらも、大きな効果が期待できるはずです。
ビジネスや医療現場で活躍するリスクマネージャーとは?
リスクマネジメントに関する資格が存在することは意外と知られていません。
リスクマネジメントに関して一定の技能を持っていると認定された人物は、リスクマネージャーと呼ばれます。リスクマネージャーについても簡単にチェックしてみましょう。
欧米ではメジャーなリスクマネジメントの資格
リスクマネジメントのルーツがドイツやアメリカにあることから窺える通り、欧米ではリスクマネジメントに対する社会的な評価が日本よりも進んでいます。
欧米ではリスクマネジャーに対し公的な資格を与え、専門職として位置づけているのです。近年、日本でもリスクマネジメントの概念が浸透しつつあるのは歓迎すべき流れですね。
リスクマネジメントの研修
近年ではリスクマネジメント協会や大手企業グループが研修会やセミナーを開催し、リスクマネジメントに関する啓蒙活動を行う機会が多くなっています。
企業や医療機関がリスクマネージャーを養成したり、リスクマネジメントの知見を学んだりするチャンスが広がったということですね。
コースや内容は様々で無料の場合もあるため、興味半分で受講しても決して損はないでしょう。
リスクマネジメントと似た意味を持つ言葉
最後に、リスクマネジメントと似た意味の言葉を3点紹介します。
リスクアセスメント
リスクアセスメントとは職場の危険性や有害性を見つけ出し、除去もしくは低減するための対策を指します。
環境問題における「環境アセスメント」が環境負荷を分析・評価するように、リスクアセスメントも職場に潜む様々なリスクをチェックし、分析や評価を行います。
特に厳しい品質管理が要求される業務において有効なメソッドです。
リスクヘッジ
リスクヘッジとは、リスクに対する回避行動を指します。
リスクヘッジの特徴としてはダメージを完全に回避できない場合を想定して対象を分散させたり、予備の機材やデータのバックアップを用意して備えたりといった、いわゆる善後策も含む点が挙げられるでしょう。
リスクマネジメントが徹底している企業の場合は危機管理マニュアルなどの管理規定を作り、リスクヘッジについても対応の必要性を想定します。
特に近年では個人情報を不正に取得したり、意図的に情報漏えいを目論んだりするハッカーなどの存在があることから、リスクヘッジも経営課題の1つといえるでしょう。
クライシスマネジメント(危機管理)
リスクマネジメントが危険予測や損失回避に関する管理であるのに対し、既に起こってしまった危機に対して管理・対応していくことをクライシスマネジメントといいます。
危機の事後対策ともいえるでしょう。
例えば不運にも事故や災害に見舞われてしまった場合、被害を最小限に食い止め二次災害を防止する対応が必要ですよね。
災害対応は時間のとの勝負なので、効果的かつ効率的な対応策が必要です。そこでクライシスマネジメントが役立ちます。
クライシスマネジメントの基本的な理屈はビジネスにおけるマネジメントと同じです。責任者が中心となって個別の課題と目標を立て、危機対策の優先順位を設定します。
その上で実効性の高い方法論をフレームワーク化し、組織ぐるみで実施することがポイントです。
まとめ
自動車の運転を引き合いに出したように、日常生活にも様々なリスクが潜んでいます。
生活の中でリスクマネジメントが完璧な人は、仕事においても優れたリスクマネージャーになれる可能性があるでしょう。
逆も然りで、日々の生活を疎かにしている人がリスクマネジメントだけ満足にこなせるとは考えにくいものです。
より良い人生を送るためにも、オン・オフを問わず高いレベルでリスクマネジメントを行えるようにしていきましょう。