物事を引き受ける際に使う敬語表現として、「やらせていただく」という言い方をする用例がありますよね。
一見すると丁寧で問題なさそうですが、実はベストな言い回しではありません。「やらせていただく」は敬語表現として少し崩した言い回しである一方、ある程度許容もされています。
「やらせていただく」の特徴を理解し、より丁寧な言い回しなども併せてチェックしていきましょう。
「やらせていただく」は正しい敬語表現?
「やらせていただく」が敬語表現として正しいかどうか。
結論からお伝えすると、「許容されているが、正しいとはいえない」という答えになります。
「(さ)せていただく」という、後半部分の言い回しは謙譲表現であり、全く問題ありません。
すなわち「やる」という、動詞部分に問題のポイントがあるということですね。
「やる」の辞典解釈
「やる」とは、人や動物などが自分の意志に基づいてある行為をすることを指します。
古語表現では「泣きやる」「申しやれ」などのように、「やる」を親愛の表現として使う助詞の用法がありましたが、現代では一般的に使われなくなっています。
「(さ)せていただく」は許可や恩恵などがあって使われる
「(さ)せていただく」とは、相手あっての謙譲表現。「(さ)せていただく」という表現をする場合は、相手の許可を得て行うケースと、相手から得られる恩恵を前提に行うケースの2パターンが主でしょう。
謙譲表現をするからには相手がおり、へりくだる理由があるということですね。
「やらせていただく」は謙譲の姿勢が感じられる言葉
「やらせていただく」には、相手を立ててへりくだるニュアンスがあります。
「やる」というややカジュアルな語句の部分はともかくとして、謙譲の姿勢を表すという点においては好印象を与えるでしょう。
「やらせていただく」にためらいや違和感を感じるのはなぜ?
「やらせていただく」は、ベストの表現ではないとお伝えしました。そもそも「やらせていただく」という表現にに対し、ためらいや違和感を覚えている方もいらっしゃるでしょう。
「やらせていただく」に対してためらいや違和感が生じるのには理由があります。
順番に見ていきましょう。
相手の許諾が必要ない場合で「やらせていただく」は不自然
特に相手の許しを得る必要がない状況で、「やらせていただく」と発言すると不自然になってしまう場合があります。
何らかの恩恵を受けるのであれば別ですが、恩恵や見返りがなく、相手の許諾を得る必要もないのであれば「やらせていただく」という謙譲表現はかえって不自然かもしれません。
「やらせていただく」は慇懃無礼と感じる方が多い
謙譲表現は使いどころが肝心です。むやみにへりくだると言葉が嫌味に聞こえたり、慇懃無礼な印象を与えてしまったりというおそれがあります。
「やれせていただく」も例に漏れず、場合によっては慇懃無礼と受け止められがち。特に身内同士でざっくばらんに有志を募るような場面では、「私がやります!」とストレートに発言する方が清々しいものです。
へりくだることが必ずしも丁寧とは限らない、ということですね。
「やらせていただく」は政治家が多用してることで心象が悪いのかも!
政治家が折に触れて「やらせていただく」という用法も慇懃無礼の一例です。
政治家が選挙に当選し、報道番組のインタビューなどを受ける際「一生懸命やらせていただく」という表現で言葉を結ぶのが定番になっていますよね。
果たして誰に対してへりくだっているのか不明瞭ですし、あくまで国民や市民に対する建前としての謙譲表現であるかのように感じられるでしょう。
「やらせていただく」にはカジュアルな要素と丁寧が要素が入り混じっているため、使う人や場面によっては慇懃無礼な印象を与えてしまうのです。
「させていただく」や「やらせていただく」を使うなら「いたします」を推奨
「やらせていただく」や「させていただく」というのは、敬語表現としてベストではないと繰り返し述べてきました。
なぜなら謙譲表現なのに、十分に敬意を示す言い回しではないからです。
物事を行う・物事に取り組むというニュアンスを丁寧に伝えたいのであれば、何も謙譲表現にこだわる必要はありません。
丁寧語による敬語表現もありますし、そもそも相手によっては敬語を使わなくてもよい場合さえあります。
相手への許諾・依頼・好意の有無で使い分ける
謙譲表現を使う理由は、許諾・依頼のほか、好意もしくは敬意の有無によるもの。
いずれにも当てはまらないのであれば、無理に謙譲表現を使う必要はありません。
謙譲表現で注意しなければならないのが、敬意の対象。
謙譲表現のルールとして自分はへりくだって相手を立てなければなりませんが、もしも誤って相手をへりくだらせ、自分を立てる表現をしてしまっては目も当てられません。
言い方ひとつで立場の上下関係が決まるのが、謙譲表現の難しさなのです。
上司や先輩などの敬意を示さねばならない相手に対しても、特にへりくだらなくとも敬意を表する言い回しはあるもの。
後述する丁寧語は正にうってつけで、相手の立場によらず、敬意の対象を定めなくとも汎用的に使える表現方法です。
使い分けが煩わしいと感じるなら「いたします」がベスト
「やる」のように自分自身が主体となって行う動作・行為の場合、尊敬表現はもちろん、謙譲表現も無理に使う必要はありません。丁寧表現の「いたします」で解決です。
相手が誰であろうと、自分は相手に対して丁寧な言葉遣いをするという点だけ注意すればよいので、シンプルこの上ありません。
場面や相手に応じて言い方を変えるのが煩わしい場合は、「いたします」という丁寧語を使うとよいでしょう。
「させていただく」や「やらせていただく」の正しい使い方を例文でチェック
敬語表現としてベストの言い方ではないといっても、「させていただく」もしくは「やらせていただく」という表現は日常的に行われています。
正しい、もしくは許容レベルで使われている表現を例文でチェックしてみましょう。
相手から許可を受けている場合
相手から許可を受けている場合、自分の立場は相手よりも下だということになります。
従って謙譲表現として「(さ)せていただく」という言い方をするのは妥当でしょう。
廃校を映画のロケ地として使用したい旨を市に申請したところ、無事許可が下りた。市と近隣住民の皆さんに感謝し、ありがたく利用させていただこう。
大口案件の受注を狙い、部長に相談したところ単独で商談に行くことを許された。又とないチャンスをものにするため、自力でやらせていただくつもりだ。
相手から依頼を受けた場合
相手から依頼を受けた場合は、対価としての報酬や見返りを期待してアクションすることになります。
簡単にいえばクライアントから仕事をもらった形になるため、マナーとして相手にへりくだるスタンスをとるべきですね。
屋根瓦の修復作業を依頼された。ついては1週間後にお宅にお邪魔し、作業させていただく予定だ。
週末に課長のお宅に伺い、インターネット環境を設定することになった。お礼に焼肉をごちそうしてくださる約束なので、喜んでやらせていただくことにした。
ビジネスシーンで使える「させていただく」「やらせていただく」の例文集
ビジネスシーンにおいて、「させていただく」もしくは「やらせていただく」という表現をする機会は少なくありません。代表的な用例を紹介します。
精一杯やらせていただきます
「精一杯やらせていただきます」とは、新しい責任・責務を任された時に使われることが多い表現です。
具体的には新しい役職や初めて行う担当業務などが該当します。
表現の位置付けとしては、簡単な所信表明のようなものといえるでしょう。
「この度、部長の下で、ありがたく昇進させていただきました。より多くの仕事を任せていただけるよう、精一杯やらせていただきます。」
進めさせていただきます
「進めさせていただきます」とは、路線や方向性といった指針を推進する意向を伝えること。
意味合いとしては特に謙譲表現を使う必要のない内容ですが、一同を代表して発言しているという点と、責任をもって物事を進めるという点を考慮し、敢えてへりくだった言い回しをする事例が多く見られます。
「多数決の結果賛成多数のため、本企画については原案通り進めさせていただきます。」
行かせていただきます
「行かせていただきます」という表現は、「行く」という行動に対し許可・承認を得た場合と、選抜や代表のニュアンスで自分に権利が与えられた場合とに大別されるでしょう。
いずれにしても自分に権利が与えられたという点について、上司や周囲の同僚に対しへりくだる表現といえます。
出張申請が承認され、アメリカで開催される展示会に行かせていただくことになった。
添えさせていただきます
「添えさせていただきます」とは、簡単にいうと付け加える行為の謙譲表現。
例えば「一言付け加える」という意味で、「一言添えさせていただきます」といった表現をする場合があります。
贈答用にお花をご注文の際、ご希望の方にはメッセージカードを添えさせていただきます。
させていただく所存です
「させていただく所存です」とは、相手に対して物事に取り組む意志を明らかにするとともに、併せて自分の心構えを伝える表現です。
やや大仰な言い回しなので、使うとすれば大がかりな場面でプレゼンテーションを行うといった機会がよいでしょう。
「売上を前年比10%増にするべく、営業部の総力を挙げて取り組ませていただく所存です。」
「やらせていただく」を使用するときの注意点
「やらせていただく」と表現する際には注意点があります。主なものを見てみましょう。
「やらさせていただきます」は文法的に間違い
「やらせていただく」の誤用で、「やらさせていただきます」と表現する事例が見られます。
「やらせていただく」の別の言い方は「させていただく」ですよね。「やらさせていただきます」だと、両方の言い回しが混じっています。
「やらさせて」という日本語は存在しません。「やらさせて」という、誤った言葉を謙譲表現にしても無意味です。
「やらせていただく」か「させていただく」のいずれかに絞るようにしましょう。
「やらせていただく」を漢字で書くとき「頂く」を使うのはNG
「やらせていただく」という表現には、ひらがなを使う必要があります。例えば「やらせて頂く」という表記はNGです。
「頂く」とは「頂戴する」というニュアンスと同義。すなわち物や食べ物を受け取り、もらうということですね。加えて文法上、補助動詞の「いただく」はひらがなで表記するものと定められています。
以上の理由から、「やらせていただく」はひらがなで表記する必要があります。もちろん、漢字の「頂く」を当てはめるのはNGです。
敬語動詞+「させていただく」の二重敬語にも注意
敬語表現にある程度慣れてくると、別の問題が浮上します。敬語を重複させる表現、二重敬語です。
典型的な二重敬語の例としては、「拝見させていただく」という言い方が有名でしょう。TVに出演するような著名人もしばしば発言しており、かなり多く見られる事例です。
「拝見させていただく」の場合、そもそも「拝見」という言葉に謙譲の意味が含まれます。一度謙譲の語句が登場しているのに重ねて「させていただく」とへりくだってしまうと、必要以上にへりくだることになりますよね。
表現としてくどい上、嫌味な印象を与えてしまうことになります。「させていただく」というのは簡単な謙譲表現である一方、二重敬語にならないように注意が必要だということです。
まとめ
敬語表現は日本語の最難関。日本人でも完璧な敬語づかいができる人はそう多くないものです。
だからこそ、敬語表現を上手にこなせれば頭一つ抜け出ることにつながるでしょう。
尊敬表現、丁寧表現は比較的簡単。すなわち、謙譲表現がうまくできるかどうかがカギというわけです。「やらせていただく」「させていただく」も手軽に扱える分、思わぬところに注意点がありますよね。