慣用句、慣用表現は日本語の奥深さを語る上で欠かせません。「なんなりと」も慣用句の1つ。
「なんなりと」のフレーズそのものは敬語扱いではないものの、言葉の響きや受ける印象はとても丁寧ですよね。
話し言葉を理解する上でも「なんなりと」は避けて通れぬもの。
具体的な使い方、敬語との組み合わせ方なども併せてチェックしていきましょう。
「なんなりと」は敬語表現と一緒に?意味や使い方を詳しく解説
「なんなりと」は敬語表現との親和性が高いフレーズです。特に旅館やホテルなど、丁寧な接客サービスが求められる分野では敬語と併せて聞くことが多いでしょう。
まずは「なんなりと」の意味、用法といった基礎部分から解説していきます。
「なんなりと」の意味と日本語文法
「なんなりと」は相手の意向に合わせる、もしくは任せる気持ちを表すフレーズ。
より噛み砕いた表現をすれば「何であろうと」という意味です。
話し言葉ならではの特徴として相手ありきの前提があり、相手の希望や意向に応えようという誠意を見せるニュアンスがあります。
日本語の文法上「なんなりと」は副詞に該当し、かかる対象の品詞は動詞です。
接客業でよく使われる「なんなりとお申し付けください」のように、「なんなりと」に続く言葉には奉仕やサービスに関する動詞が当てはまる場合が多いといえるでしょう。
「なんなりと」の後に「~ください」を使用することで相手に誠意を示す
「なんなりと」の直後に続く品詞は動詞です。動詞部分で相手の意向・アクションを導き、続いて「~ください」と結べば相手の意向に応える姿勢を表すことができるでしょう。
簡単にまとめると「なんなりと」に続く動詞の最後に「~ください」を配置すれば、相手に誠意を示すひと続きの文章ができあがるというわけですね。
「なんなりとお申し付けください」は代表的なフレーズ
上述の理由を踏まえ、営業やサービス業を中心に接客の決まり文句として定着しているのが「なんなりとお申し付けください」というフレーズです。
もちろん実際には、顧客の要望全てに応えられるとは限りません。
場合によっては「なんなりとお申し付けください」という発言も、あくまで表面上のポーズに過ぎないことも。それでも声をかけられた顧客の側とすれば、気分が良いものです。
ネット経由のやり取りでは味わえない、対人間ならではの対話とコミュニケーションによる接客を体感できるのは大きな付加価値といえるでしょう。
商売をする側にとって「なんなりとお申し付けください」は、顧客対応における必須フレーズの1つというわけです。
会話や文章の締めとして使うことが多い
「なんなりと」は会話や文章の締めくくりにも有用なフレーズ。御用聞きやヒアリング、アンケートなどの結びの言葉として配置するだけで、ある程度恰好が付くものです。
仮に用件・内容が全く同じビジネスメールがいくつかあったとしても、文末に「なんなりとお知らせください」の一文があるかで随分印象は変わるでしょう。
読み手・受け手とすれば、同じ条件を与えられた場合はより印象の良いものを選択するのです。
使用しても恥ずかしくない「なんなりと」の使用シーンを解説
基礎知識を踏まえ、「なんなりと」を使うべきシーンを想定してみましょう。
「なんなりと」を使って職場の上司に指示を仰ぐ場面
職場の上司に指示を仰ぐ状況を考えましょう。上司に対して「指示ってどんな内容ですか」とたずねるのと、「なんなりと仰ってください」と声がけするのではどちらが好印象でしょうか。答えは自明ですよね。
「どんな内容ですか」という聞き方だと、まるで指示の内容によっては不満を抱くかのような響きがあります。
上司の立場としては面白くないでしょう。一方「なんなりと仰ってください」とリアクションする部下は可愛いもの。「多少の無理難題でも、何とか頑張りますよ!」という前向きな印象を受けるはずです。
会社の人間関係は、言葉遣いで決まる部分が少なからずあるもの。評価についても同様で、もしも同等の能力を持った部下が横並びで数人いたとすれば、より言葉遣いがスマートで相手に良い印象を与えられる人物が早く上に引き上げられることでしょう。
たとえ社内であっても、言葉遣いでの油断は禁物です。
「なんなりと」をメールや電話の結び言葉で使う場面
メールや電話の結び言葉として「なんなりと」を使った場合、相手とすれば「自分のために献身的に対応してくれる」という印象を受けるため、気分が良いものです。
「なんなりと」と発言する場合は、相手の期待に応えたいという気持ちや意志があってこそ。
自分がメールや電話の主体であるならば、多少ハードルが高いと思っても積極的に「なんなりと」と発言していきましょう。
仮にその後の結果がうまくいかないことがあったとしても、相手に対する誠意はきっと伝わるはずです。
「なんなりと」をお客様や取引先への対応で使う場面
お客様や取引先に向けての対応において、「なんなりと」を使うのは常套手段の1つ。
需要と供給はビジネスの大原則であり、お客様や取引先の需要に対して良質なサービスを提供していくのは供給者としての責務といえます。
お客様や取引先の要望や意向、すなわち需要の内容は様々です。
場合によっては無理難題も投げかけられるでしょう。無理難題を含むあらゆる需要に対し、「なんなりと」という間口の広いスタンスで受け入れる供給者の姿勢は好感を呼び込むに違いありません。
先述のフレーズ「なんなりとお申し付けください」のように、あらゆる意見を聞き入れる姿勢を打ち出すことは、お客様や取引先と付き合っていく上で必須のアプローチなのです。
ビジネスシーン必須「なんなりと」の正しい使い方を例文でチェック
「なんなりと」はビジネスシーンで必須の慣用句。「なんなりと」につなげて使えるフレーズを例文付きで紹介します。
「なんなりとお申し付けください」
「なんなりとお申し付けください」は代表的な用例で、サービス業を中心に顧客の要望、オーダーを承る姿勢を表すのに最適です。
ちなみに「申しつける」は「言いつける」の謙譲表現であり、目上の相手に対して使う言葉ではありません。
なぜなら謙譲語とは本来、自分の立場を低めてへりくだるために使うものだからです。しかし実際のところは使い方の1つとして認容されており、既に定着しているというわけですね。
例文
「お探しの車種や、試運転のご希望などがございましたらなんなりとお申し付けください」
「なんなりと仰せつけください」
敬語表現を厳密に解析すると、お客様が主体となる尊敬表現としては「なんなりとお申し付けください」よりも「なんなりと仰せつけください」の方が適切です。
「仰せつける」とは「言いつける」の尊敬語。相手に敬意を表し、言いつけは何でも聞くという姿勢を示すには「なんなりと仰せつけください」と表現するのが丁寧でしょう。
例文
「当店は全国トップレベルの品ぞろえと、スタッフ数が自慢です。お探しの品もきっと見つかります。ご要望はなんなりと仰せつけください」
「なんなりとお聞かせください」
「なんなりとお聞かせください」とは、相手の意見を聞きたい時にかける言葉。社会人としては相手に対する批判や、商品に対するクレームなどは言い出しづらいものです。
攻撃するのが目的ではなく、あくまで品質やサービスの向上を願う内容だったとしても、相手の気持ちを慮ることは自然なことですよね。
以上のような葛藤を拭うべく、進んで顧客の意見に耳を傾ける姿勢を打ち出すのが「なんなりとお聞かせください」の本質。
顧客の立場とすれば、水を向けられたおかげで随分発言しやすくなるでしょう。言いづらい内容であれば尚更ですね。
相手に投げかける言葉遣いを工夫することは、立派な仕事の1つといえるのです。
例文
「お気づきの点がございましたら、なんなりとお聞かせください。批判、クレームでも構いません。お客様のお声は私どもの財産です」
「なんなりとご連絡ください」
「なんなりとご連絡ください」とは、内容の重要性や大小を問わず、用事・用件があれば躊躇せず連絡してほしいという意志を表すフレーズです。
大した用もないのに相手の時間を取るのは申し訳ない、というのが優しい人の考え方ですよね。
相手の良心を慮った上で、「用件の内容にかかわらず何でも連絡してほしい」という意味合いを込めた言い回しが「なんなりとご連絡ください」なのです。
例文
「ご多忙でしょうから、急の用件以外は定例報告のみとさせていただきます」
「いえいえ、用件にかかわらずなんなりとご連絡ください。御社のお力になれることが嬉しいのです」
「なんなりとご指摘ください」
「なんなりとご指摘ください」は、概ね「なんなりとお聞かせください」と同じ使い方が可能です。
相違点としては「指摘」という語句が入るため、よりピンポイントでクローズアップされた部分に関する意見を引き出しやすいでしょう。というのも、「指摘」は「問題点」とセットで使われるのがセオリーだからですね。
例文
「もしもお気づきの点がございましたら、なんなりとご指摘ください」
「じゃあ一ついいかな。商品陳列の間隔が狭すぎて、値札の対応関係がわかりづらくなってるね」
「ご指摘ありがとうございます、仰る通りです。改善させていただきます!」
「なんなりとご用命ください」
「なんなりとご用命ください」とは、「どんな内容でも命じて欲しい」という意味を丁寧に表現したフレーズ。
「なんなりと仰せつけください」とほぼ同義ですが、「ご用命」という語句を使うことで用事に関する命令を承る姿勢が強調されます。
例文
「修理・車検・カスタムなど、バイクに関することならなんなりとご用命ください」
相手の意向に合わせる「なんなりと」の類語や言い換え表現
「なんなりと」は相手の意向に合わせるための慣用句。同様の意味を持った類語や言い換え表現も存在します。一例を見てみましょう。
「何卒」には期待するというニュアンスが含まれた依頼の強調表現
「何卒(なにとぞ)」は、「どうぞ」もしくは「どうか」などの願いや期待を込めた副詞です。
「何卒よろしくお願いします」のように、相手への依頼を強調する効果があります。
遠慮や気兼ねを意味する忌憚の否定形「忌憚なく」
「忌憚なく」は、「遠慮や気兼ねをすることなく」「憚ることなく」という意味。
言いづらいことも遠慮せずに言ってほしいという意味での用例が多いため、「なんなりとお聞かせください」とほぼ同義のフレーズです。
「どうぞ」は勧誘を表すカジュアルな表現
「どうぞ」は勧誘の意を表す副詞です。「どうぞごゆっくり」「ご自由にどうぞ」などのように、相手の意向を優先するニュアンスを表現する語句といえます。
古めかしい「何卒」と比べて、カジュアルで柔らかい言い回しですね。
日常生活に浸透した言い回し「どんなことでも」
「なんなりと」には「何であろうと」「ささいなことでも」といった意味合いが含まれますよね。
より日常生活に即した言い回しとしては「どんなことでも」が近いでしょう。
主に郊外で、軽トラックに乗った不用品リサイクル業者がスピーカーを使って流す謳い文句に「どんなことでも結構です」「お気軽にお知らせください」というものがありますよね。
正に「どんなことでも」の好例で、「たとえ粗大ごみ同然のものであっても、喜んで引き取りますよ」というニュアンスが含まれているわけです。
思いやりの心や言葉「ご遠慮なさらずに」
相手が口ごもっていたり、言いづらそうにしている際に「ご遠慮なさらずに」と声をかけると助けにつながる場合がありますよね。
ロジックとしては「なんなりとお聞かせください」と同じで、相手の発言を促す効果があるフレーズです。
「なんなりとお聞かせください」よりも、相手が遠慮しているであろうことを汲んだニュアンスが表出するため、思いやりが伝わりやすい言い回しといえるでしょう。
相手に対して遠慮することなく「気兼ねなく」
「ご遠慮なさらずに」よりも、もっとカジュアルな言い回しをするなら「気兼ねなく」というのも妥当です。「気兼ね」とは他人を気遣い遠慮すること。「気兼ね」を否定するフレーズが「気兼ねなく」というわけです。
ニュアンスとしては「ご遠慮なさらずに」をもう少し崩して、「遠慮なくどうぞ」くらいの表現と考えればよいでしょう。
英語で言うとHelp yourself「ご自由に」
「なんなりと」を英語で表現すると“Help yourself(ご自由に)”が一番近いでしょう。口語表現だと“Whatever”の一言で済ませる用例もありますが、状況によっては「なんでもいいよ」「どうでもいいよ」といった投げやりなニュアンスを伴う場合も。
日本語表現の「なんなりと」に即した英語表現としては、相手の意志を尊重する意味合いを持った“Help yourself”を当てはめるのがベストといえます。
間違いやすい表現「なんなりとも」は誤用に注意
表記が「なんなりと」と一部重複するという理由から、「なんなりとも」と誤認、もしくは誤用される事例があるようです。
「なんなりとも」は中世末から近世にかけての狂言に見られる言い回しの一つであり、「例えば」という気持ちを込めてある事柄を例示する慣用句。
「なんなりとも」を現代語として使うことは極めて稀で、もし使っている人がいるとすれば誤用の可能性が高いでしょう。
海外ビジネスで使える「なんなりと」の英語表現を例文付きで紹介
日本語の「なんなりと」を、海外のビジネスシーンで使える英文に訳してみましょう。
“Help yourself, whatever you want.”
(なんなりと、お好きなものをお取りください)
“Please contact me, if I could be of any help”
(私がお役に立てることがあれば、なんなりとお知らせください)
まとめ
「なんなりと」は日本語表現ならではの気遣い、配慮が含まれるフレーズです。社交辞令の言葉としても有用ですが、それだけではもったいないでしょう。
相手の心情や状況を慮り、お手伝いしようという誠意は日本文化の美点と密接に関わっています。
「なんなりと」を上手に使えば、ビジネスはもちろん多くの場面において相手の信頼を得られるはずです。